【 純正律の具体的な利用法について 】 文責:堀内 練習の時に裏表1枚の紙の資料を渡しましたが(「楽典」の最初のページ、 「倍音」や「純正律」について書いてあるもの)、それを持っているものとして (練習に来てね!(^^))以下の話をします。 純正律の音階(音程)の振動数はすべて簡単な整数比で表されるため、音を重ね合 わせた時に揃う「波の節」がより多くなり(合わさった音がより周期的に振動する)、 心地よい響きの和音になる。というか、真の「響き」が生まれる(音楽用語では 「調和する」と言う)。小さい値の整数比であればあるほど、音はより美しく響く。 ユニゾンは同じ振動数なので1:1、1オクターブは1:2、ドとソ(純正5度)は 2:3、ドとミ(純正3度)は4:5である。 だから、理想的には、「演奏すべき曲の調がわかったら、すべての音をその調の 純正律の音階で演奏しよう!」ということになるが、半音まで含めるとその音程の 高低を調整するのが非常に難しく、さらに転調すると、また最初からその調に合わ せて考え直さねばならず、現実的には不可能である。 そこで現実的に純正律を利用する方法について以下に述べる。 ★指揮者・コンマス・セクションリーダー・パートリーダーが指導の際に考えて 欲しいこと。 (1)まず、その曲(該当する部分)の調を調べる(例えば、C dur、f moll等)。 (2)8分音符や16分音符で細かく速く動く部分については、これまで通りの 十二平均律の音程でかまわないが、音が長く継続する部分(1秒以上くらい? 4分音符の長さ以上)については和音の構成を調べる。 (最初のうちは、とりあえず、より長い音からチェックしていく。) (3)調べた和音のうち、その調の主和音(ド・ミ・ソ)、属和音(ソ・シ・レ)、 下属和音(ファ・ラ・ド)については美しい響きが欲しいので「ミ」と「ラ」と 「シ」にあたる音をチェックし(その音を▽で囲む)、「ミ」はチューナーで 約1目盛半下げ(−14cent)、「ラ」は約1目盛半下げ(−18centと書いて ある文献もあったが、ハーモニーディレクターでは−16centになっていた のでこちらを優先)、「シ」は約1目盛下げた(−12cent)音程がとれるよう にする。 また、属7和音(ソ・シ・レ・ファ)の場合には、「ファ」にあたる音を チューナーで約3目盛下げた(−29cent、その音を2重の▽で囲む)音程が とれるようにする。 あとは短調の和音の場合、主和音(ド・♭ミ・ソ)の「♭ミ」で約1目盛半 上げた(+16cent、その音を△で囲む)音程がとれるようにする。 (4)それ以外の和音の場合(例えばレ・#ファ・ラや♭シ・レ・ファ)、純正律の 和音を組むためには各音の音程を微調整しなければならず複雑なので、その 和音の調の主和音で音程を合わせることにする。(レ・#ファ・ラならレを 主音とする調の主和音で考えて、#ファを1目盛半下げる。) ◎ただし、そういった和音はあまり出てこないものなので、単純に、その調の 「ミ」「ラ」「シ」の音程を低くとる…と考えればよい。およそ、それで 純正な和音になるので。音程の調整が必要な場合はその都度言うことにする。 ●まずは純正律の音程に合わせることが大事! (5)音程が合った後、次は各パート、各セクション、全体で音量を考える。 主和音、属和音、下属和音ともに8:5:6(まん中の第3音は長調か短調を 決める大事な音なので、なくなると困るが、音量は4くらいでもいい、何しろ 控え目に)のバランスで和音を構成する。 属7和音における第7音のファは、次に続く安定した和音への移行を明示する ために、やや強め(といっても主音の音量を越えてはいけないので6くらい) に出す。 ※属7和音…例えば、ソ・シ・レ・ファの場合、その中に含まれる「シ」と「ファ」 の間の間隔が三全音(減5度)であり、他のすべての音程と比較して最も不安定な 音程(調性のはっきりしない音程)なので、それぞれ半音ずつ移行して「ド」と 「ミ」(長3度)に移りたがっている。つまり、この属7和音は、とても安定した 長3度の音程をもつ和音に移行する傾向がある(主和音の前に置かれることが多 い)。だから、この不安定な感じを明確に出すために、第7音をやや大きめに吹 いて、次の音への移行を明示することが重要(もちろん、第7音の音程をチュー ナーで約3目盛下げることを忘れずに)。 ●美しい響きを耳で(身体で)憶えよう! ★メンバー各自に考えて欲しいこと。 上記、純正律の和音を組む前に、まず各自が、自分の吹き方や楽器の特性を理解し て、楽曲で使用する可能性のあるすべての音(運指表に載っている音)の音程を確実に 十二平均律の音程(チューナーでジャストの音程)に合わせられることが必要である。 替え指等も積極的に用いて、なにしろ正しい音程がとれるようにしておくこと。 その基準音の音程がしっかり安定して初めて、純正律の和音のために音程を下げたり 上げたり出来るので。 ●純正律の和音の前に、ユニゾンとオクターブの演奏を十二平均律の正しい音程で 出来ることが先決!(^^; ★とりあえず意識して試してみて下さい。完成度の高い演奏をするために。
【 十二平均律と純正律の差の具体例 】 <A=440Hzに合わせた場合> (純)−(十二) 純正律の振動数 十二平均律(周波数) 純正律 ※centで表示 分数比 整数比 C : 1.000 (261.6Hz) 1.000(261.6Hz) 0 1 24 Db : 1.059 (277.0Hz) ----- +12 D : 1.122 (293.5Hz) 1.125(294.3Hz) + 4 9/8 27 Eb : 1.189 (311.0Hz) ----- +16* E : 1.260 (329.6Hz) 1.250(327.0Hz) −14* 5/4 30 F : 1.335 (349.2Hz) 1.333(348.8Hz) − 2 4/3 32 Gb : 1.414 (369.9Hz) ----- −10 G : 1.498 (391.9Hz) 1.500(392.4Hz) + 2 3/2 36 Ab : 1.587 (415.2Hz) ----- +14 *A : 1.682 (440.0Hz) 1.667(436.1Hz) −16* 5/3 40 Bb : 1.782 (466.2Hz) ----- +18 H : 1.888 (493.9Hz) 1.875(490.5Hz) −12* 15/8 45 c : 2.000 (523.2Hz) 2.000(523.2Hz) 0 2 48 db : 2.118 (554.1Hz) ----- d : 2.243 (586.8Hz) 2.250(588.6Hz) + 4 9/4 54 … f : 2.670 (698.5Hz) 2.667(697.6Hz) − 2 8/3 64 ↓ ↓ ↓ ↓ ※属7和音のF 686.7Hz −29* 63/24 63 ※十二平均律において半音の間隔を100等分したものが1cent。 うちのチューナーの1目盛は10centで、真中を中心に−50〜+50cent の範囲をチェック出来る。 ※主要三和音がいずれも簡単な振動数比になり、響きが美しい。 主和音(I) (C) ド :ミ:ソ(C:E:G)=24:30:36=4:5:6 属和音(V) (G) ソ :シ:レ(G:H:d)=36:45:54=4:5:6 下属和音(IV)(F) ファ:ラ:ド(F:A:c)=32:40:48=4:5:6 というか、正しくは、上記主要3和音が簡単な整数比になるように 音階を決めていったのが純正律なので当たり前といえば当たり前な話で。 ※しかし、属7和音(V7)(G7) ソ:シ:レ:ファ(G:H:d:f)=36:45:54:64 はきれいな振動数にならないので、第7音のファを下げる必要が ある。63(−29cent)にすると36:45:54:63=4:5:6:7 となり響きが 美しくなる。 ※上記3和音(属7和音も入れれば4和音)はいいが、DとA(レとラ)も完全5度 の関係にありながら振動数比が27:40となり、他の5度の振動数比2:3に比べ て、不協和な響きになってしまうので微調整が必要になる。 (レ・#ファ・ラの場合、ラの音を−16cent→+6centに調整、♭シ・レ・ファ の場合は♭シの音を+18cent→−4centに、レの音を+4cent→−18centに 調整する必要がある。) そこで、上記3和音以外については、各和音の主音の調における主和音で 合わせることが現実的である。
閑話休題… 【 「波の節が揃う」とは? 〜振動数と波長について 】 以下の話は、ちょっと物理的な話なので、興味のある人だけ読んで下さい。 波長と振動数は以下の式で示されるように反比例の関係にあります。 λ・ν=v(一定の温度なら定数) … (1) λ:波長…波が1回振動する際に進む距離(単位は m:メートル) ν:振動数(周波数)…1秒間に波が振動する回数(単位は 1/s もしくは Hz:ヘルツ) v:音速…音の速度(単位は m/s)。1秒間に音波が進む距離と考えてもよい。 v=331.5+0.6t ここでtは温度(°C) だから、振動数の比が1:2(1オクターブ)なら、波長の長さの比は2:1に なります。これは、1オクターブの場合、 ●ある音の1波長分の長さ=その1オクターブ上の音の2波長分の長さ ということを意味します。 以下の絵で、縦棒の間が「1波長分の長さ」と考えて下さい。 例えばドで考えると、 高いド: |−−|−−|−−|−−|−−|−−|−−|−−|−− … (オクターブ差) 真中のド: |−−−−−|−−−−−|−−−−−|−−−−−|−− … (オクターブ差) 低いド: |−−−−−−−−−−−|−−−−−−−−−−−|−− … ここで、上と下の縦棒が揃う時がありますね?これが「波の節が揃う(=調和する)」 ということです。音が出てから最初に「波の節が揃う」時は、音の出始めと同じ 状態に戻るということで、2つの波を重ね合わせた様子が、再び音の出始めた時と 同じようになります。 つまり、波の節が揃った時と次に再び揃った時の間隔を「和音の1周期の長さ」とし、 この1周期の長さが短いほど、より周期が細かいということで、音が混ざり合って (調和して)聴こえます(2本の楽器で吹いていても、1本で吹いてるように聴こえる 時がありますね。その時は波の節がよく揃った音を出していた…ということになり ます)。 それでは次にドとソの5度の和音(上図でいう真中のドとその上のソ)で考えて みます。振動数比が2:3ですから、絵で描くと以下のようになります。 その上のソ: |−−−|−−−|−−−|−−−|−−−|−−−|−− … 真中のド: |−−−−−|−−−−−|−−−−−|−−−−−|−− … ●ドの2波長分の長さ=ソの3波長分の長さ 「波の節が揃う」のは、真中のドの2波長分の長さ(和音の1周期の長さ)の ところです。先ほどの真中のドと低いドとのオクターブの場合も、その1周期の 長さは真中のドの2波長分です。だから、オクターブと5度の和音というのは、 純正律でうまく演奏出来れば、似たような響きになるわけです。 最後に、絵では描きませんが、ド・ミ・ソの主和音で考えると、振動数比が 4:5:6ですから、 ●ドの4波長分の長さ=ミの5波長分の長さ=ソの6波長分の長さ となって、「波の節が揃う」のはドの4波長分の長さのところになります。 これもオクターブや5度の和音ほどではないですが、1周期の長さの短い、 非常に響きのある和音になります。 以上のことから、「波の節が揃う1周期の長さが短い」=「振動数比が 簡単な整数比で表せる」=「美しい響きがする(調和する)」となります。
以下はほんとに余談です(^^; 【 楽器の管の長さはどうやって決まるの? 〜波長と倍音について 】 練習の時に配った資料(本のコピー)の倍音の項目を見て下さい。 ピアノ譜のようにト音記号の5線の下にへ音記号の5線が描いてありますが、 へ音5線の下に2本、線を加えたところの音Cを「基音」、そのオクターブ上 を「第2倍音」、その上のGを「第3倍音」、中央ハ(C、ト音5線の下に 1本線を加えた時の音)を「第4倍音」、その上のEを「第5倍音」、あと 順にGを第6、B♭を第7、Cを第8…と倍音が上がっていきます。 「基音」の2倍の振動数なのが「第2倍音」、3倍の振動数なのが「第3倍音」 という意味です。 私はペットの運指しか知りませんが(^^;、第2倍音から音名を書いていくと、 「ド・ソ・ド・ミ・ソ・♭シ・ド・レ・ミ・#ファ・ソ…」となります。 これはまさにトランペットが開放(指をおさない)で出せる音名です。 トロンボーンもスライドを動かさないで出すとこうなりますよね? つまり、「チューニングB♭(932.3Hz)を第4倍音とする」のが トランペットとなります。それでは、そのように音が出るためには、 管の長さをどれくらいにすればいいか、計算してみることにします。 ちなみに、楽器のほとんどは「開管」で、音を出した時に、波でいうと、 「節」と反対の「腹」(波で一番出っぱっているところ)から始まり(つまり 口元が「腹」)、管の中を通って「腹」で外に音が出るようになっています。 楽器の管の長さを一定k(m)とすると、その一定の長さの中に ・「基音」は波長の1/2 (0.5×λ1=k) ・「第2倍音」は1波長 (1 ×λ2=k、∴2×λ2=λ1) ・「第3倍音」は波長の3/2 (1.5×λ3=k、∴3×λ3=λ1) ・「第4倍音」は2波長 (2 ×λ4=k、∴4×λ4=λ1) ・「第5倍音」は波長の5/2 (2.5×λ5=k、∴5×λ5=λ1) … の波があります。 ゆえに、それぞれの倍音の波長は管の長さk(m)を用いると ・「基音」 の波長:λ1=k×2 ・「第2倍音」の波長:λ2=k ・「第3倍音」の波長:λ3=k×(2/3) ・「第4倍音」の波長:λ4=k×(1/2) ・「第5倍音」の波長:λ5=k×(2/5) … となります。 それでは、気温16°CでチューニングB♭(932.3Hz)を第4倍音と するためには、管の長さkがどのくらいであればいいか、計算してみます。 前述した波長と振動数の式を思い出して下さい。 λ・ν=v(一定の温度なら定数) λ:波長 ν:振動数(周波数) v:音速 まず、音の速度は気温16°Cとして v=331.5+0.6×16=341.1m/s となります。そして、振動数νが932.3Hzですから、波長λは λ=v/ν=0.36587(m) 第4倍音の時はk=2×λ4=0.7317(m) つまり、トランペットは管の長さが73.2cm必要ということになります。 (ただし、実際には「開口管補正」というものがあって、管の出口よりも 少し外に最後の波の腹があるので(管の半径をrとすると約0.57×r)、 ほんの少しだけ上記よりも短くなります。以下の話では、この「開口管補正」 は無視します。) ちなみに、先ほどほとんどの管楽器は「開管」と書きましたが、クラリネット だけは「閉管」の楽器です。「閉管」の場合は以下のように倍音が変化します。 偶数倍の倍音はなく、奇数倍ずつ倍音が上がります。 ・「基音」は波長の1/4 (0.25×λ1=k) ・「第3倍音」は波長の3/4 (0.75×λ2=k、∴3×λ3=λ1) ・「第5倍音」は波長の5/4 (1.25×λ3=k、∴5×λ5=λ1) ・「第7倍音」は波長の7/4 (1.75×λ4=k、∴7×λ7=λ1) ・「第9倍音」は波長の9/4 (2.25×λ5=k、∴9×λ9=λ1) … 基音の次の倍音が12度も高いので、その間を埋めるべく、指使いが 難しいんですよね、クラは(^^; でも、同じ管の長さであれば、閉管の方が低い音が出せるわけで。 しかし、不思議な楽器ですねぇ… (原川氏談)「あれは宇宙人が作った楽器だから(^^;」 配った資料に汚い絵が描いてありますが、これが「開管」「閉管」の時の 波の様子です。 あと、ペットの運指表では「基音」が書いてありませんが、理論上では 出るはずですね、チューニングB♭の2オクターブしたのB♭が。 これが「ペダルトーン」と呼ばれる音ですが、出すのがなかなか難しくて(-_-;)
【 気温が下がると音程が下がるのはなぜ? 】 これも上記の式(1)から理由がわかります。 λ・ν=v(一定の温度なら定数) … (1) λ:波長 ν:振動数(周波数) v:音速 音の速度は気温によって変化します。0°Cの時と30°Cの時で比べて みると、 ・気温0°Cの場合 v(0) =331.5+0.6× 0=331.5m/s ・気温30°Cの場合 v(30)=331.5+0.6×30=349.5m/s となり、18m/sも速度が違います。 この時、チューニングB♭の音程はどうなるかというと、 ・気温0°Cの場合 ν(0) =v/λ4=905.7Hz(−26.6Hz、約−51cent) ・気温30°Cの場合 ν(30)=v/λ4=954.9Hz(+22.6Hz、約+41cent) ※()内は16°Cの時の音程(932.3Hz)との差 となり、16°Cの時の音程と比べると、チューナーの針が左右いっぱい まで音程が変わることがわかります。寒い時には音程が低く、暑い時には 音程が高くなるわけです。 そこで、上記温度それぞれの時のAの音程を計算すると ・気温0°Cの場合 905.7Hz×440.0/932.3=427.4Hz ・気温30°Cの場合 954.9Hz×440.0/932.3=450.7Hz となります。チューニングする際に、寒い時には低めの音程に設定し、 暑い時には高めの音程に設定する理由はここにあります。 (人間も吹きたい音程を意識しますので、この計算式ほど極端な差は 出ませんが。)
【 それではどのくらい管を抜けばいいの? 】 それでは、16°Cの気温の時に、A=442Hzで合わせた音程を A=440Hzに修正する時に、どれくらい管を抜けばいいでしょうか? A=442Hzで合わせた時のチューニングB♭の音程は936.6Hzですが、 この時の波長の長さは λ'=v/ν'=341.1/936.6=0.36419(m) で、管の長さk'=2×λ4'=0.7284(m)となりますが、A=440Hzの 時は、先ほどの計算よりk=0.7317(m)となり、k−k'=0.033(m) つまり3.3(cm)ほど長くすればいいわけです。 ちなみに金管等で管を抜く際、あれは管の両端が抜けるので、上記の場合、 片側約1.6(cm)分だけ抜けばいい、ということを間違えないように(^^;

hideo.horiuchi@toshiba.co.jp